オリンピック2004.8.16

 オリンピックが始まった。
 テレビをつければオリンピック一色。
 ところが、僕はまったく興味がないのだ。で、テレビのスイッチを切ってしまう。
 実を言うと、プロ野球やJリーグにも、まったく興味がない。それでも、仕事の場で話題に乗り遅れないよう新聞くらいは読むようにしている。高校野球に至っては、あるトラウマから大嫌いになってしまい、記事を読むのもイヤなくらいだ。
 かかるマイノリティーにはツライ季節になった。
 ここで、僕が「オリンピックやプロスポーツなんか、無くなってもいいくだらないものだ」なんて言ってしまえば、非難囂々は間違いない。そりゃあ、そうでしょ? 熱心に見ている人がほとんどだし、中には僕の釣りに対する情熱と同じ種類の感情を持って観戦しているいる人だっているのだから。
 だから、仕事先の人に「昨日の谷亮子、凄かったねぇ」などと振られても、「すみません、バタバタしてて見られなかったんです」と答えるようにしている。高校野球でも「福原さん、出身校どこ?」とか聞かれても、「いやぁ、高校のとき野球部が無かったから(事実)」などと逃げている。
 野球がつまらないと考える人間がいたっていいじゃないか。だからといって、野球をくだらないものとして否定するのはオカシイ。嫌いだからといって否定するのは、もっとオカシイ。
 ところが、無理解や悪意によって、否定、攻撃されている趣味がある。僕が、こよなく愛するバス釣りがそれだ。人それぞれなのだから、バス釣りが嫌いな人がいたって、それは当たり前のことだと納得できる。でも、バス釣りやキャッチ&リリースを否定するのはオカシイ。
 いろんな価値観があっていいじゃないか。もし、それを認めないと、僕らが住む世界はとんでもないことになる。今、世界で起こっていることを見れば自明の理であるはずなのに、なかなか人の世は難しい。


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